Feature
特集
たえこ応援団によるたえこ紹介 常葉大学 教授 山本 浩二さん
たえこのことを様々な形で応援してくれているたえこ応援団による、たえこ紹介です。
紹介者
常葉大学 教授 山本 浩二さん
「FULL-SATOプロジェクト」でともに活動をした方です。
インタビュー記事
Q:松崎町で「FULL-SATOプロジェクト」を進めることになった経緯について教えてください。
A:
私が在籍する常葉大学造形学部は全国芸術系大学コンソーシアムに加盟しており、本学は2017年度文化庁の委託による「文化芸術アソシエイツ創造発信プログラム」の実施大学となり、私はプロジェクトコーディネーターに任命されました。曽根妙子さんと水野梨奈子さんはその前年に1年間の研修を経て文化芸術アソシエイツに認定されており、静岡市浮月楼でのコンサートを企画していました。
私の役目は大学が主導するアートイベントの遂行とそこに関わる形での文化芸術アソシエイツの企画を完遂するというものでした。常葉大学は2015年度から松崎町と包括提携を締結しており、デジタル表現デザインコースでは授業課題のいくつかについて松崎町を題材としたものを実施してきました。
このような経緯から清水マリナートでの展覧会に加えて松崎町での文化プログラムを考えようということになり、たえこさん達に松崎町で活動することを提案しました。1回きりのコンサートイベントだとそこで終わってしまうことが考えられたため、「松崎町のうた」を作るという企画を考案し、一緒に事業を進めていくことになりました。
この時企画に携わったのは当時の学部長である合津正之助教授、私、垂見幸哉講師とたえこ、水野梨奈子の5名で、タイトルは「全国の里を満たすプロジェクト FULL-SATO –松崎町と歌を育てる–」となりました。
この事業は2017年度における単年度でのものであり、2018年度以降は「FULL-SATOプロジェクト」として継続していくことになりました。
Q:FULL-SATOプロジェクトの意義についてお聞かせください。
A:
上述のように、当初は「全国の里を満たすプロジェクト FULL–SATO –松崎町と歌を育てる–」というタイトルでした。これは、このプログラムの形が全国のどのような場所でも応用可能であることが予見されたために名付けられました。歌作りを通して地域の魅力を住民自らが再発見するということにウエイトが置かれており、どのような地域でも実現可能な内容だからです。
これは歌に限らず、演劇でもシンボルマークデザインでも企画し得るわけですが、歌という親しみやすい表現ジャンルであることは重要だと思います。親しみやすいメロディは町民全員が1つのイメージを共有することになります。
また、歌はメロディだけでなく歌詞があり、そこにはそれぞれの地域における文化・伝統が反映され、さらには歌って楽しむことができます。一見敷居が高そうに見える「歌を作る」という行為をプログラムの工夫によって実現可能なものにし、歌詞を考えることを通して地域について再発見するという点が重要な意義と考えます。同じところにながく住んでいると日常の出来事は「取るに足らないこと」に思えてきますが、そういった中にこそ地域の魅力が隠されています。
また、我々にとって松崎町のうたは最大公約数的なあり方ではなく、個人の営み、想いを表現することを目指しています。誰にでも当てはまる美辞麗句であるほど個人の生活感からはかけ離れていきます。私的な内容の歌詞だったとしても同じ町内の人であれば共感するものがあるはずで、いろんな年代、いろんな属性の人たちが集まってこの町を作り上げているという多様性を大事にしています。
以上のような観点から、これまでに生み出された120を超える歌詞の全体が「松崎町のうた」であり、それに伴って制作された各種ビジュアルコンテンツや健康体操、ダンス、演舞、演劇も全て「松崎町のうた」であると定義しています。
Q:常葉大学造形学部として、同プロジェクトにどのように関わってきましたか。具体的にお聞かせください。
A:
歌を作るというプログラムである以上、イニシアチブは音楽にあると思われるかもしれませんが、私は必ずしもそうではないと考えます。「松崎町のうた」とひらがな表記を徹底していることはその現れですが、「歌」という語のニュアンスがメロディと歌詞という音楽的印象が強いのに対して、「うた」はより広い範囲を含むと考えます。それは視覚情報をはじめ、芸能、文学、その他さまざまな領域を包含する言葉です。
また、音楽と美術が融合していく上で最も有効な表現媒体は映像であり、舞台表現であると思います。最初の長八美術館でのコンサートは垂見講師の映像と曽根さん達の演奏とのコラボレーションでした。この提案を行ったのは合津教授であり、松崎町では初となるプロジェクションマッピングを実施するということを掲げました。このコンサートのオープニングとして私と垂見講師による「松崎の人々」という映像が流れましたが、この映像作品がFULL-SATOプロジェクトのコンセプトを伝えています。
町民の方々の顔写真に加えて「FULL-SATO」「まつざき」「海」「山」「花」川」「曲が生まれ」「こころを伝える」「FULL-SATO」「みんなの想いが歌詞になる」「松崎町だけの」「歌を育てる」「FULL-SATO」「全国の里を満たすプロジェクト」「FULL-SATO」といったテロップが流れました。
うつりかわる顔写真は町民一人ひとりにそれぞれの松崎町への想いがあり、それぞれのストーリーがあることを暗示しています。松崎町のうたが天から降ってくるものではなく、町民自らが想いを言葉にすることにこそ価値があると確信しています。
常葉大学造形学部のデジタル表現デザインコースでは松崎町の絵本を作るという課題もありました。2018年6月の依田邸コンサートでは絵本の展示と読み聞かせ会を実施し、作者である学生たちも参加してくれました。旧依田邸はこの時期にホタルが飛び交う名所として知られており、コンサート最後はホタル飛び交う庭での「ほたるこい」の演奏を行いました。この時には松崎高校吹奏楽部生徒数名によるハンドベルを空間全体に配置し、旧大沢温泉ホテル依田乃庄の客室に仕込んだ照明を点滅させることで飛び交うホタルと呼応するというインスタレーションを実施しました。
その年の秋には歌詞作りのためのワークショップを実施し、最初に聖和保育園と旧中川幼稚園で音楽からのイメージを布に視覚化するというワークショップを行いました。これは言葉以前の音、視覚という観点から「松崎町のうた」を探るというねらいで実施しました。ピアニストの佐藤亜弓さんに「海」「花」「壁(なまこ壁)」のイメージで即興演奏してもらい、その音の印象を絵の具で布に描いていくというものです。
この時に制作されたドレスはたえこさん、亜弓さんが演奏時に着用してくれています。この時の絵画指導は常葉大学教育学部の長橋秀樹教授に依頼しました。また、このワークショップの記録映像を垂見講師が制作してくれています。
「松崎町のうたコンサート –町民が紡ぐ歌語り–」では全体を通して大型プロジェクターによる空間演出を行い、ナレーション等の企画構成と映像制作、上映を行いました。コンサート終盤では「松崎町のうた変奏曲」を演奏しました。町の方々が作った歌詞を皆さんが歌うというコンサートでしたが、この演目だけは松崎町のうたをたえこさん、亜弓さん、私達美術サイドが徹底的に料理して表現することにしました。歌詞は旧中川幼稚園でのワークショップで幼稚園児が作詞した「わたしのばしょ すきなばしょ」で、背景映像を常葉大学山本ゼミの学生が制作しました。
音楽と美術の融合というFULL-SATOプロジェクトの特徴が最もよく現れたワークショップ時の画像を中心に、変奏曲の演奏に合わせた映像を制作し、投影しました。また、このコンサートはもちろん、2018年の歌詞作りワークショップ、クリスマスコンサート等のポスターやチラシをビジュアルデザインコースの学生に依頼し、デザインしてもらいました。
2019年夏には松崎高校美術部生徒と常葉大学造形学部学生による映像作品も手掛けました。これは松崎町のさまざまな映像をもとにロトスコープという手法で制作された水彩アニメーションで、約1200枚の水彩画を繋げて映像化しています。
Q:常葉大学造形学部の同プロジェクトで果たしてきた役割について、どのように評価・認識していますか。
A:
私達は美術の専門家であり、あらゆることを「見える化」することを得意としています。このプロジェクトにおいてもさまざまなことを「見える化」する必要がありました。まずは相澤洋正さんによって作曲された曲の「見える化」ですが、これは歌詞作りを町民の方々に取り組んでもらう上で欠かせないものでした。Aメロ、Bメロ、サビといったメロディのパートごとにわかりやすく色付けして枠を設け、歌詞を書き込めば歌が視覚的に理解できるものをデザインし、これを使って歌詞作りワークショップを行いました。
また、コンサートなどの後に「茶話会」を開催し、そこで聞き取った松崎にまつわる話を書き起こし、歌詞を引き出すための呼び水となるようなワード集としてデザインしました。これらの言葉は「松崎の話」というタイトルで映像化し、クリスマスコンサートにおける歌詞制作で活用しました。
私達の役割は基本的なコンセプト立案と映像やビジュアルによる表現です。またそれらをインターネットで閲覧するためのWEBページの制作と運用、タブレット形モニターでの広報と大型プロジェクターによるコンサート演出などが挙げられます。この活動について広く知ってもらうこととその内容についていかに魅力的に伝えるかという役割を担っていました。
Q:プロジェクトが展開されるなかで、たえこさんの役割と働きについてどのように評価していますか。
A:
まずは曲を知ってもらうためにコンサートを実施するとともに、町内各地のお祭りに参加し、枠を設けてもらって演奏しました。曲の良さを伝える上で、たえこさんの歌唱力は非常に強い印象を与えたと思います。
また、地区ごとの老人会などの機会に演奏、歌唱指導などを行うことで少しずつ認知度を高めることができたと考えます。歌詞が出来上がるたびに亜弓さんの伴奏で歌ってもらい、それを動画にしてyoutubeにアップしたりタブレットで町の皆さんに視聴してもらったりということも行いました。それらのコンテンツは時間がない中でほぼ全て1回だけの撮影であるにもかかわらず、それぞれの歌詞の魅力を瞬時に理解して表現できていると思います。
このように2人に共通している能力として、即興に強いということが挙げられます。出来たての歌詞をその場で雰囲気を変えて演奏し、作詞に参加してくれた方々に「歌が生まれる瞬間」を提供することができたのはこの即興演奏の能力によるものだと思います。
また、たえこさんには生来の明るさと人を惹きつける力があり、コミュニケーション能力の高さもこのプロジェクトを遂行する上で欠かせないものとなっています。
Q:たえこさんの人物像についてどのように捉えていますか。
A:
歌手というと華やかな印象しかないですが、たえこという歌手は「地べたに這いつくばっても歌う歌手」だと思っています。これは彼女の歌唱指導のあり方だけでなく、歌うということに対しての根性が据わっているなと感じるためです。
一番印象的だったのは2018年の岩科祭りで出番が遅い時間になってしまい、みなさん帰り支度をしている中でFULL-SATOプロジェクトの紹介と「松崎町のうた」を歌うというシーンがありました。ほぼアウエーという状況の中でたえこさんはCD音源を伴奏に一人で歌い、その姿は感動的ですらありました。その間私は当時学生だった但馬君と依田邸コンサートのチラシを配りながら頭を下げて回るという、FULL-SATOプロジェクトとしては最もハードな時期でしたが、そういった一番きつい時に人間性が現れるのかもしれません。
Q:松崎町でのプロジェクトは、「松崎町のうた」歌詞集の発刊、時報チャイムへの採用、育てる会によるプロジェクトの継承など一定の成功を収めていると思いますが、山本先生はどのように評価していますか。
A:
2018年6月の依田邸コンサート直前がこのプロジェクトにおける最も底辺の時期であり、それを救ってくれたのが石田さんをはじめ渡辺さん、市川さんといった「松崎町のうたを育てる会」の皆さんでした。私達が掲げた松崎町のうたを作ることのコンセプトと意義はやや伝わりにくい点があったかと思います。
いわゆる代表歌としての歌詞を確定したいと願う皆さんに対して私はブレーキをかける立場にあったわけですが、その理由はこのプロジェクトが持つ価値と実績(歌詞の多様性)が生まれ、歌詞が生まれつづけていくというムーブメントが確立するには時間がかかるためでした。2019年の「松崎町のうたコンサート –町民が紡ぐ歌語り–」は大成功だったと言って良いと考えますが、あのコンサートでようやくこのプロジェクトのコンセプトが町民の方々に伝わったのではないかと思います。
その後育てる会の皆さんの努力により、歌詞集の発行や歌おう会の実施、そしてチャイム放送へとつながったことは本当に素晴らしいことだと思います。そこまでは私達の力ではなしえないことであって、あくまでFULL-SATOプロジェクトはそのブースターとしての働きでしかないと考えています。
松崎町のうたの告知活動は大変地道なものだったので、チャイムの効果は絶大です。町民の方々がこのメロディを1日3度聴くたびにそれぞれの営みの瞬間を意識することにつながります。そういった時間が蓄積して「自分自身の物語」となり、心の中に歌詞が生まれてくれることを期待しています。
Q:山本先生が考える、プロジェクトの課題と今後の展望についてお聞かせください。
A:
FULL-SATOプロジェクトが提起した「松崎町のうた」は今後、町民一人ひとりの意識の中で醸成されていくことが理想です。
歌うという楽しみと作るという楽しみをどのように共存させていくかが今後の課題であると考えます。
また、この活動を内外に発信していくことは町役場、特に企画観光課の仕事だと思います。育てる会任せではなく役場が積極的に企画を立ち上げてくれることを期待しています。
Q:今後、たえこさんに期待することがあれば教えてください。
A:
2020年(?)以降、松崎町に移住したことでたえこさん自身も松崎町民となり、松崎町のうたの活動を推進していく大きな力になっていると思います。
この活動は町民による町の魅力の再発見を目指していると同時に、町外の人々への魅力発信にもなるはずです。必ずや期待を超える展開を見せてくれると信じています。