わんわんのご機嫌
一喜一憂
昨日は発作なしに1日過ごせた
それだけで嬉しい
テンション上がる😂
今朝は起きたら手が少し痺れている
あまり自由でない
毎日体さんに聞く。
大丈夫?って。どうしたい?
わんわんにね。
昔はわんわんが、血だらけボロ雑巾みたいに汚くてもどうでもよかった。
生きていれば、動け。歌え。やれ。
泣くな。怒るな。
ずっと命令していた。
この程度のことできないなんてありえない。
わからないとかない。怠慢。
わかるまで追求せよ。
全て命令、拘束、怒りを自分に向けていた。
だから私のわんわんは、勝手に動かなくなり出した。
そしたら、もっと必至に動け動け!ってやり出した。
逆効果だった。
右半身麻痺が始まり、脳性麻痺のように体が縮こまり始めた。
生きている意味ある?って思った。
肺活量も下がり、歌えなくなった。
体の自由、歌う自由、感情表現の自由、全部なくなった。
もう嫌だった。
でも誰がここまでしたのって、私以外いなかった。
遺伝性の病気なのは確か。
だけど扱い方がひどかった。
そうか!
飼い主の責任だ。
そう気がついたのは、何回もよくなったり、悪くなったりを繰り返し、嫌気がさしていたが、この体だからできることをやりたいと決めた時だった。
物心ついた時から、やりたい事だけやってきた。
やりたくないことはできなかった。
でも、やりたくてもできないこともあるのだと知った。
そんな中感じたのは、やりたいことを、わんわんにやってもらうために、ご機嫌でいて頂くことだと気づいた。
気持ちよく、心地よく動いて頂くにはどうしたら良いか。
それだけ考えて行動するようになった。
わんわん=本能=本当の自分の本性
飼い主=理性=周りに左右されるルール
昨日から、わんわんと飼い主の話をしているが、いつも自分の中にそれがいる。
ついついさ、周り気になるよね。
でも、わんわん中心でご機嫌よくいて頂く方が、人生価値あるってつくづく思う。
自分の中にいる2人
でも今日感じたのは、それを客観視する3人目の出現。
これは初めて感じた感覚だから面白い。
掘り下げていこう。
毎朝の頭になるこころうたタイムは、私にとって、インナーボイスレッスンタイム。
自分の深ーいところまで聞いていく。
音楽は、潜在意識につながっている気がする。
私は心理学者とかじゃない、ただのうたが好きな人だけど、うたう体のメンテナンスに、毎日楽器にはこころがついてしまっているから、こころのメンテナンスに、インナーボイスレッスンを自分にすることが必要。
インナーボイスレッスンとは、つまり、自分に寄り添うこと。
本気で、自分のために寄り添える人は誰?
自分しかいません。
本当の自分を知っているのは、自分しかいないから。
だから、そんな時に寄り添って頂いたり、支えて頂いたりすると、私のわんわんが、尻尾振り出すんだよね😂
私の行動は猫で、見た目は犬かもしれないけど、やっぱり遊んでもらえたり、わかってもらえたりって嬉しいよね。
私の、このインナーボイスレッスンのやり方。つまり、こころうたレッスンの心の動きを書き出して、誰かが見たときに、楽になれる人いるんじゃないかなって思って書いています。
毎日毎日ドラマチック。
vivo taeko!
って感じ😂